2006・01
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2006/01/31 (Tue) 私の原点 ~人生は一度きりしかない
質問に答えていくうちに、涙が出てきそうになった、という友人のブログを読んで
私も過去に一度、そういうことがあったと思い出しました。

去年の4月中旬ごろの話です。
どこかでインターンがしたくなり、登録してみたところ、逆にそのインターン派遣会社から
一緒に働かないか、とオファーをいただいたことがあります。

そのときに、軽く面接が行われました。
今まで一番頑張ったことを聞かれて、私はAIESECのことを一生懸命話しました。

「なぜAIESECに入ろうと思ったのですか」

この質問を受け、私は迷わず奈美のことを話しました。
人生って一度きりしかない。
だから、テニサーよりも社会にインパクトを与えられるような組織で、何かしたい。
そう思ってAIESECに入りました、と答えたと思います。

これを答えながら、自分で自分の言葉に涙が出てきて、必死にこらえた記憶があります。
一生懸命になるとすぐ泣くからね、、、

人生は一度きりしかない。

これを強く感じたのは、奈美のおかげなのです。
私は、そこまで奈美とすごく仲がよかったわけでもないけれど
大学に入って1週間で受けた衝撃は、今でも心の中に存在し続けています。
私の原点は間違いなく、ここです。
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2006/01/29 (Sun) 自分に4Uを
「4U」と書いて、「余裕」と読みます。
以前インターンでチームを組んだ際、隣のチーム名がこれでした。


自分に余裕があると、人にもやさしくできる

昨日、友達と話していて、将来人にやさしくできる人間でありたい、と言ったとこころ
上記の言葉が返ってきました。

自分で精一杯だと、周囲にまで気が回らなくなる。
よくあることです。
まず自分に余裕を、そうすれば自然とやさしくなれる。

ずっと自分に厳しく、他人にやさしくという言葉を目標に掲げてきました。
自分を鍛えていれば、自然とやさしくなれるものだと思っていたけれども、
一概にそうでもない。
ちゃんと自分を愛してあげなくちゃ。

『敬天愛人』


どんなに忙しくても、常に自分への余裕を忘れないでありたいものです。

2006/01/28 (Sat) air reading
空気を読む
雰囲気を読む


昨日の私は、空気読めてなかった。。

あぁぁぁぁぁぁぁ。。
誰に謝っても、いまさら仕方のないことだけど。

人にされると嫌なのに、自分ができてなかったりすることがある。
自分のことを棚にあげてはいかんね。




2006/01/27 (Fri) 3年生おしまい
晴れて春休みに突入。
なんかテスト期間にも関わらず、全然勉強しなかった。。
しかも、手を抜きすぎて単位来るかも微妙。。

1,2年のストックがあるし、英語で余分の単位を稼いでいるから卒業はできると思うけど
来年も今年みたいな(毎週4連休)学校の生活が送りたかったから、
来年まじめに学校行くの面倒だなぁ。。

宣誓:
来年は自分の可能性を信じて、1限(8:30スタート)なんか取りません



2006/01/25 (Wed) しあわせなひと
幸せなときに

ちゃんと「今、しあわせだ」と感じることのできる人が

一番幸せな人

2006/01/24 (Tue) B型イズム
B型人、挙手!!

何を隠そう私もB型です。
はい、何かと批判を受ける血液型です。

他人といるとA型と言われます。
まぁね、B型だって集団行動できるんですよw
家族ととある1名を除いては、私のマイペースの被害に巻き込まれていないはず。

でも、やっぱり根はB型
とある1名は、もう私の性格をあきらめてます。
こないだの雪の日、1時間半待たせました。。

ありとあらゆるものをギリギリでいこうとする。
ESの〆切、電車の時刻、待ち合わせ時間などなど。。
気づけば遅刻とかざら。

ある雑誌に書いてあったB型のモットー:

明日できることは今日やらない

納得!


あ、これはB型うんぬんじゃなくて、本人の性格だって?
知りません、そんなの。

2006/01/23 (Mon) 雪→悩む→バタバタ
ずっと理想論を書いてきたので、たまには現状報告。

■1/21(Sat)
雪の日。

家にいても勉強しないので、懐かしの図書館@三茶へ。
面接帰りと合流→勉強→昔話をしつつお茶。。
結局、勉強できなかった。。

■1/22(Sun)
セミナーにて。

隣の子は花火師。
やさしい語り口なんだけど、芯がある訴え方をする。
伝わるよね、気持ち。
winter job中なのだそう。
デキル子・オーラ漂ってます。

いつものノリはもう通用しない。
気づけば会社説明会。
自己PR、志望動機も書かされるわけです。
へらへらしずぎたわ、私。
HPぐらいはチェックしていかなくちゃ。
私も損をしてるし、何よりも社員さんに失礼。

家族でおでん。
うまうま。
誰もセンターについては触れず。

ESに悩む。
特に、志望動機。

今までずっと、面接では「知りたい」を訴えてきた。
インターンだったからね、それが許されるわけです。

でも、もう許されない。
知っていて当然。
調べていて当然。
その上で聞いてくるんだよね。
「どうしてこの会社で働きたいの」って。

なんだか胡散臭いこじ付けを作ってた。
自分の中で落としこめてない。
しっくりこない。
でも、私にしっくりくる会社ってあったっけ?
気づけば朝だった。

■1/23(Mon)
朝から人身事故。

背の小ささは絶対損だ。
別路線を駆使しながら、なんとか開始時刻に到着。
テンション一気にダウン。
Q&Aでは質問事項の割りに回答が長すぎて、またミミズ文字をノートに書いてた。。

一度学校に帰る。
寝ればいいものを、雑誌を読んでリフレッシュ。
1時間で事前課題を書き上げる。

また、朝と同じ駅へ。
車マニアに囲まれる。
ほんと好きなんだなぁ。。
好きを仕事にするってこの人たちのことか。
私は、仕事は仕事、好きは好きで分けているけど。

ここで受け取ったメッセージは「物事の本質をついていけ」
ずいぶんと淡々とした方。
8年目ともなると、こうなるのか。

明日こそ勉強。
ほんとヤヴァイから。

2006/01/19 (Thu) 影響の輪
海の向こうで頑張っている友達がいる。

Kはアイルランドへ行っている。
久々にその子のブログを覗いたら、自分の名前が登場していてびっくり。
以前、私がSに話したことが、いつのまにかKに伝わっていて、
それがKにとってブレイクスルーだったらしい。

今の自分に満足していないってことは、自分はもっとできるはずってこと。
それって成長意欲があるってことだよ。
ノビシロがまだまだあるってことだよ。


日本にいたとき、彼女とは一度バッティングセンターに行っただけだった。
留学中で日本が恋しくて、英語が話せなくて、伝えられない。
くやしくて、自分に自信がない。
私も前はそうだったから良く分かる。
でも、このブレイクスルーで彼女のそんな毎日をちょっと明るくできたらいいな。

物事は多面的。
その見方を少し変えるだけで、自分が変わる。
自分が変われば、周りも変わる。

今日は、影響の輪を広げられた気がする。
やはり将来、そういう大人でありたい。

2006/01/18 (Wed) 2月8日(水)
なんか私に恨みでもあるのかな。。

なんで2月8日(水)にやるのかしら。。

5個ぐらい行きたいところ、やりたいことが重なってしまった。
当たり前だけど、先約を優先。
残念。。


2006/01/17 (Tue) 文明の利器
ついに携帯を買いかえました。
2年強使ったN2102Vともおさらば。
N902iです。

もれなく付いてくる機能は以下の通り。
・プッシュトーク
・テレビ電話
・カメラ
・メール
・電話
・iモード
・iアプリ
・iチャンネル
・おサイフケータイ / トルカ


もうわけが分かりません。

一緒の携帯にした母が早くもデコメールを使いこなしている。
しかも、むやみにプッシュトークで話しかけてくる。
なんだかショックです。

と言うのも、その昔、私は携帯を持つのに母親を3ヶ月間説得したから。

携帯ブームになったのは、私が中3だった頃。
高校入学を機に周りが持ち始めたので、自分もほしくなり交渉開始。
単刀直入に言ってみたところ、やはり断固反対を受ける。

直球がダメなら、変化球でいくしかない。
3ヶ月間の猛アタックがスタート。

まず父(すでに携帯所有者だった)に携帯の利便性、将来性を語ってもらい、
携帯のCMが流れれば、さりげなく食卓でアピール。
最後には料金表と利用条件(テストのときは預ける、学校には持って行かない、など)
を見せて、やっと承諾を得たのです。

初めて所有した携帯はD502iだったと思います。
この頃の機能は、
・電話
・メール
・iモード

だけだった。
いやはやなつかしい。

しかしその後、妹は中2であっさりケータイ・デビュー。
長女ってむなしい。

時代は変わりゆくものですね。

2006/01/17 (Tue) アルケミスト
アルケミスト―夢を旅した少年
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現実と夢の狭間に生きるすべての人に送ります。

あんまりこの手の話は好きじゃないけど、3時間もあれば読めます。
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2006/01/15 (Sun) ぎゃふん
思ってたよりも負けず嫌いのようです。

半年後までには「ぎゃふん」って言わせるぞ!!

2006/01/14 (Sat) 処理中
しばしお待ちを。

ただ今、処理中です。

2006/01/12 (Thu) ジョブズの卒業祝賀スピーチ
長いけど、読む価値があると思います。

以下、転送。


ジョブズの卒業祝賀スピーチ

(2005年6月12日、スタンフォード大学)
原文URL:http://slashdot.org/comments.pl?sid=152625&cid=12810404


PART 1 BIRTH

ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。


私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。

しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

               ◆◇◆

PART 2 COLLEGE DROP-OUT

こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。

そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。

ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

PART 3 CONNECTING DOTS

リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、
あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。

もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。



点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

PART 4 FIRED FROM APPLE

2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。

自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。
ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。

ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

PART 5 ABOUT DEATH

3つ目は、死に関するお話です。
私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。


「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。


それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

               ◆◇◆

PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER

今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。

それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

               ◆◇◆

PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by
Steve Jobs
CEO, Apple Computer
CEO, Pixar Animation Studios

翻訳 市村佐登美

スタンフォード公式URL&録画映像
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/videos/51.html
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

【発行元】
ジョブズの卒業祝賀スピーチ

2006/01/12 (Thu) 戒め
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

おごれるものも久しからず。たゞ春の夜の夢のごとし。

たけきものもつゐにはほろびぬ。ひとへに風の前の塵におなじ。


(平家物語より)

2006/01/05 (Thu) 現状
私に合わないのか

あるいは

私の努力が足りないのか

2006/01/03 (Tue) でんこの怒り
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『電気を大切にね♪』


とうとうウチのでんこを怒らせてしまった。
半年前にも一度怒らせたことがあって、電気代を払ったこともあるのだが、
今回はそれよりも痛い仕打ち。

【背景】
12月、いや10月ぐらいからほとんど家の手伝いをしていなかった上に、
毎晩のようにエアコン、PC、コンポ、部屋の電気をつけっぱなしで寝ていた。

【処分】
自分のことは自分でやる(ex:洗濯物など)

実家のメリットを剥奪されてしまった。。
イタイ。。

『権利(=家に住む)を主張する前に、義務(=家の仕事をする)を果たせ』
うーむ。。何も言えません。

さっそく昨日から自分で洗濯機を回してます。

2006/01/03 (Tue) 1月の目標
機会があって、半年後である7月の自分へ手紙を書きました。
何を考え、何をしているかは分からないけど、そのときの自分を楽しんでいたいな。

まずは、その一歩を確実に。

【1月の目標】
①自己管理の徹底
②どんな環境でも自分を出す
③テスト、テスト、テスト


①は、IBCにて社員さんの話を聞いて、スケジュール管理を徹底しようと思ったので。
たとえば、この日にMTGを設定する。
すると、その一週間前までにはメンバーにメールを送らなければならない。
では、この一時間でその作業をやる、とかね。

②はインターンで思ったこと。
うん、どっかしら私にも「誰にも負けない部分」があるはずだ☆
まずは明日から実践。
そして、8日からのところは初日から実践。
真実は実践の中にある。

2006/01/03 (Tue) 2006年の目標
なぜ、ウチの大学は箱根駅伝でブービーなのか。

月並みですが、2006年の抱負です。
どんな経験からも何かしらを得て、それを自信にしていきたい。
そのために、目的をもってそれに対して努力すること。

今年も素敵な一年でありますよーに☆

■2006年の目標■
・自分に厳しく、人にやさしく

・早く入社したい、と思える会社に内定する

・月に5冊は本を読む

・研修に行けるぐらいの点数を取る(TOEIC)

・漢字検定を取る

・車の免許を取る

・海外旅行する(アフリカor南アメリカ)

・一人暮らしの準備をする(料理とか料理とか料理とか)

・家族を初め、周りの人を大切にする

・電気つけっぱなしで寝ない


2006/01/03 (Tue) 12月の一人反省会
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
不束者ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

しかーし、私はひとつやり残した事があるのです。
それは、一人反省会!!

これをやって暗くなったこともあったけど、やっぱり私の源☆
高校生の時から一人反省会を始めて早3年。
これからもアクティブな根暗として活動しつづけます。

さっそくいってみよう!

【12月の目標】
①MBFで妥協しないプランを作る
評価:Fair

→優勝はできなかったものの、審査員特別賞をいただきました。
 「実際に使ってみる」との言葉ほどうれしいものはない。
 チームメンバーにも恵まれて、本当に笑いあり涙ありの学びが多かった3ヶ月。
 ただ、最後ツメが甘かったところもたくさんあったので、また別の機会に
 この経験を活かせたらいいな。

②自分を知る(結論編)
評価:Fair

→MBFで最後にみんなから手紙をもらって、改めて自分の性格に気づかされました。
 私は一つのことに対して、とことん向き合って最後までやり抜くタイプ。
 責任を持って、最大限の努力もする。
 自分一人ではできないことを知っているから、引っ張ることはできないけど
 周りの人を巻き込むこともできる。
 自分が納得したものを人に認めてもらえるときが、一番うれしい。
 わがままだけど、どちらか一つでも欠けると私は満足を得られない。
 そんな子です。

 まだまだ自分について考えるぞー

③学校に行く
評価:Bad

→「忙しい」という名のいいわけを使って、怠けました。。
 反省。。
 次こそはってもうテストじゃん!!

④SPIをやる
評価:Dead

→まったくやらなかったで、昨日から始めました。。
 一人では続けるのが難しいから、友達のブログに書いてあったみたいに
 SPIの会でも結成して、友達と進めていくのがいいかも。

昨日初めてwebテストをやってみたのですが、全然できなかった。。
迫ってくる時間が気になるのと、PC画面の問題の見にくさに慣れなきゃ。

2006/01/02 (Mon) myファンクラブ
「おまえ、ファンクラブあるぞ」

そう言われたのは1週間前。
その頃、私は忙しくて彼の話を流してしまっていたけど、よくよく考えてみれば衝撃の一言。
私の知っている限りでは同姓同名のタレントやアーティストはいない。
となると、私の隠し撮りファンサイトか!?

ででで、実際に見てみました、噂のファンクラブのサイトを。
まずは自分の名前でググってみる。
66件のヒット。

『○○××(私の本名)さん! こんにちは!』
○○××さんを応援する会、ファンクラブなどの文字を発見。

お、あるある。
さっそくクリック。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

出てきたのは、ずいぶんあっさりとしたページ。
トップは、ここは『○○××さん おめでとう!』のホームページです。の文字と
オートシェイプの円だけで書いたような犬の図。
この犬に何の意味があるのか、まったくもってわからず。

2006年1月1日現在、このサイトは3ページしかなく、このトップページと
ホームページやファンクラブの趣旨を書いたページ2ページのみ。

(1) 本会の名称
本会は、名称を「○○××さんファンクラブ」とする。

(2) 会員の使命
本会会員は○○××さんファンのとして活動する。

(3) リンク
○○××さんファンクラブのホームページはリンクフリーです。
ファンクラブ会員・非会員を問わず○○××さんのファンは自由にリンクすることができます。


だいたい○○××さんは何者なのか。
これを見る限りでは、ネットアイドルではなさそうだ。
A系ボーイズは少なくとも、こんなレベルのホームページで満足することはないはず。
ファンならばもっと立派なサイトを作ってくださいよ。。

今後も暖かく彼らの活動を見守りたいと思います。

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みおみお

  • Author:みおみお
  • 生まれは愛媛、東京育ち。
    現在社会人9年目の31歳。

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    シャカイジンになって8年が経ちました。
    産休に入り、つかの間ののんびり生活を楽しんでます!

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